小説に興味を持ってから人生が楽しくなった

読書が苦手だった私が、五十歳を過ぎてから、急に読書が好きになった。そのおかげで人生が豊かになった気がする。これからもっと読書が好きになれるように、人生が楽しく豊かになるように

小説の書き出し 君の膵臓をたべたい 住野よる

君の膵臓をたべたい
の書き出しです。

インパクトある題名と書き出しがクラスメイトの葬儀という話に引き込まれていきます。
セレモニーの書き出しは、話に吸い込まれていきます。
主人公と亡くなったクラスメイトの関係も気になります。
クラスメイトの死に対して冷めた印象の主人公なんですが、これが良かった。
そして後半になって書き出しのクラスメイトの葬儀の場面と題名の意味がわかって涙してしまいました。



 クラスメイトであった山内桜良の葬儀は、生前の彼女にはまるで似つかわしくない曇天の日にとり行われた。
 彼女の命の価値の証として、たくさんの人の涙に包まれているのであろうお葬式にも、昨日の夜の通夜にも僕は行かなかった。ずっと、家にいた。
 幸い、僕に出席を強いるような唯一のクラスメイトはもうこの世からいなくなっていたし、教師やあちらの親御さんに僕を呼ぶ権利も義務もあるはずなく、自分自身の選択を尊重できた。
 もちろん本来なら誰に呼ばれずとも高校生である僕は学校に行かなくてはならないのだけど、彼女が休日中に死んでくれたおかげで、天気の悪い日に外に出なくてもすんだ。
 共働きの両親を見送って適当な昼食をとってから、僕はずっと自室にこもった。それがクラスメイトを失った寂しさや空しさからきた行動かと言えば、違う。
 僕はクラスメイトであった彼女に連れ出されない限りは、以前から休日を自分の部屋で過ごす性分だった。
 部屋で僕は大抵の時間、本を読んでいる。指南書や自己啓発本は好まず、小説をすすんで読む。ベッドの上に転がって、白い枕に頭や顎を預けて、文庫本を読む。ハードカバーは重いから、文庫本の方がいい。
 現在読んでいる本は、彼女から以前借りたものだ。本を読まない彼女が人生で唯一出会った至高の一冊。借りてからずっと本棚に積んであって、彼女が死ぬ前に読んで返そうと思っていたのに、それも間に合わなかった。
 間に合わなかったものは仕方ないので、読み終わったら彼女の家に返しに行くことにする。彼女の遺影に挨拶するのは、その時でいい。

中略

 開閉式の僕の携帯電話。開いて、メールの項目を呼び出し、受信トレイを見る。未開封のメールは一通もなかった。当然と言えば当然のことだ。続いて送信済みメールを確認する。そこに、通話以外の機能では最新の利用が見てとれる。
 僕が、クラスメイトだった彼女に送ったメールだ。
 たった一言のメール。
 これを、彼女が見たのかどうか知らない。
 一度は部屋を出て台所に行こうとしたのだけれど、僕はもう一度ベッドに突っ伏した。彼女に贈った言葉を心の中で反芻した。
 僕は、彼女がそれを見たのか知らない。
『君の膵臓を食べたい』