小説に興味を持ってから人生が楽しくなった

読書が苦手だった私が、五十歳を過ぎてから、急に読書が好きになった。そのおかげで人生が豊かになった気がする。これからもっと読書が好きになれるように、人生が楽しく豊かになるように

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 ① 成績トップになる

「山中、こないだのテストの成績が学年トップじゃないか、凄いなぁ」
 昼休み、僕の前に座る宮川が後ろに座る僕に体を向けて、そう言った。
「ありがとう」
 僕は小さく首を折った。
 僕、山中和也は、この間のテストで学年トップの成績をとった。これまではベストテンで充分満足していたのだが、「トップになると注目度が上がる」という母さんの言葉に触発されて猛勉強した。母さんは特別に教育熱心なわけではないので、「トップになると注目度が上がる」と言ったのは、僕に勉強させようと思ったわけではなく、何気なく放った言葉のようだ。なので僕が成績トップだったことを母さんに伝えても、「あっそう、良かったね」と軽い言葉が返ってきただけで、特別に喜んでいる様子ではなかった。もちろん、ご褒美なんてなかった。
 確かに母さんの言う通り、トップの成績になると注目度は上がった。成績トップの山中はどいつだと、別のクラスから見に来る生徒もいた。この宮川も今の僕に注目しているようだ。
「3組の北川知ってるか」
 宮川が口に手をあてながら小声で言った。
「あー、もちろん知ってる」僕の声も小さくなった。
 北川さんは学年一の美人だから男子は誰もが知っている。僕は、まともに会話をしたことはないが、廊下ですれ違った時は見とれてしまう。
「北川がお前にストーカーされてると言い回ってるらしいぞ。お前、そんな事やってんのか」
「何それ、やるわけないだろ」
 僕は宮川を睨み付けた。
「そんな怖い顔すんなよ、俺が言ってるんじゃないんだから。北川が言ってるって噂なんだよ」
「何で北川さんが、そんなこと言うんだよ」
 僕はまた宮川を睨み付けた。
「俺は噂を聞いただけだから、よく知らないけど、学年でトップ成績の山中にストーカーされてるとなると、北川も注目されるとでも思ったんじゃないか。美人は、みんなから注目されたいんだよ」
 僕はうなだれた。北川さんて、そんな女の子だったのか。綺麗な顔してるけど性格が悪すぎる。腹が立ったので、これからは廊下ですれ違っても絶対見とれないようにしようと決めた。
「それから、お前のせいで学年トップから陥落した高木だけど」
「何で僕のせいなんだよ」
 高木はいつも学年トップの成績だったが、この間のテストは僕が奇跡的にトップをとったので、2番になった。高木は毎回トップの成績なので、たまたまトップになった僕とは頭の出来が違う。そんな高木を僕はリスペクトしていた。 
「今回のテストでお前がトップになったことが気にくわないのか、お前がカンニングしていたと言い回ってるらしいぞ」
「何、それ」
 僕はまた、宮川を睨み付けた。
「また怖い顔して、俺が言ったんじゃないよ。俺は噂を聞いたから教えてやってるだけだよ。けどお前に負けたことが、よほど悔しかったみたいだな」
 これまで高木をリスペクトしていたことを後悔した。そんな奴だとは思わなかった。
 確かにトップになると注目度は上がるけど、それは決して良いことではなかった。母さんにその事を教えてあげないといけない。今日はさっさと帰ってテレビでも見よう。絶対に勉強はしない。

 ② 親友坂本

 放課後、誰とも口を聞きたくなかったので、すぐに学校を出て早足で帰っていった。すると背後からバタバタと激しい足音が聞こえた。振り返ると、幼馴染みで親友の坂本が走ってきた。
「山中、手伝ってほしいことがあるんだけど、今から時間あるか」
 息を切らし苦しそうだが、日に焼けた顔は満面の笑みを浮かべ白い歯をのぞかせていた。僕が不機嫌なことに全く気付いていないようだ。
「手伝ってほしいこと」
 僕は不機嫌そうに坂本に聞き返した。
「今から、ある調査をしたいんだけど、それを手伝ってほしいんだ」
坂本の表情は変わらず明るいまま僕を見つめていた。愚痴でも聞いてもらおうかと思ったけどやめた。僕は切り替えて明るく返した。
「ある調査って何の調査をするんだよ」
「ヘヘヘ、山中も興味ありそうだな」
坂本は僕の肩を2度3度叩きながら目尻を下げた。
「何の調査かわからないのに興味があるかどうか、わかるわけないよ。坂本の頼みだから僕に出来ることは手伝うけどさ」
「有難う、やっぱり持つべきものは親友だ。成績トップの山中に声掛けて良かったよ」
 坂本は、また僕の肩を2度3度叩いた。
「成績トップは言わないでくれ、腹立つから。それで何を手伝えばいいんだよ」
「ヘヘヘ、これから何をするのか楽しみで仕方ないって顔だな、じゃあ教えてやるよ。そこのベンチに座って作戦会議だ」
 坂本は僕に頼み事をしておきながら、上から目線になっていた。いつものことなので気にはしていない。坂本とは保育園の頃からの付き合いだから坂本の性格はよくわかっている。
 僕達は広場の隅にあるベンチに腰を下ろした。
「楽しいことかよ」
 僕は期待していないが、そう聞いてみた。
「ヘヘヘ、山中は友ヶ山公園知ってるよな」
 友ヶ山公園は、ここから歩いて20分位のところにある公園だ。保育園の帰りに遊んだ記憶はあるが、ブランコや滑り台、砂場があるだけの、どこにでもある公園だ。
「あー知ってる、保育園の頃に行ったことあるよ」
 僕はつまらなさそうに、そう答えた。
「そうか、じゃあ、友ヶ山公園が今どうなっているか知ってるか」
「知らない、友ヶ山公園って今でもあるのか」
 保育園の頃の記憶だが、寂れた公園だったので無くなっていると思っていた。
「今もあるっていうか、すごい立派な公園になってる。見たらびっくりすると思うぞ」
「へぇーそうなんだ、坂本は今でも友ヶ山公園に行ってるのか」
「まあな、今は、ジョギングコースが出来てるし、バーベキューが出来る大きな広場まである。山肌を利用した本格的なフィールドアスレチックが人気みたいだ。大人でも楽しめる公園になってるんだ」
「へぇ、すごいな、行ってみたいな」
「そうだろ、そう言うと思ったよ。これから2人で友ヶ山公園に行くぞ」
 坂本はそう言って右手をグーにして僕の方に向けた。僕も右手をグーにして坂本の右手に合わせた。
 そうして僕達は友ヶ山公園へ向かった。行き先が友ヶ山公園であることはわかったが、坂本はそこで何を調査したいのかは話してくれなかった。
「坂本、友ヶ山公園に行くのはいいけど、そこで何を調査するんだ」
 僕は先を歩く坂本の背中に向かって言うと、坂本は振り返り、僕に向かって人差し指を立てた。
「それだ、それを話してなかったな。それが大事なんだ。何でさっき聞いてくれなかったんだよ」
 坂本は口を尖らせて言うが、坂本から誘ってるわけだから、僕が聞く前に坂本が話すべきだと思う。しかし、坂本はマイペースな男で悪気は全くない。昔からそういう奴だった。
「ごめん、聞きそびれちゃったよ」
 一応、僕が謝っておいた。
「あまり人に聞かれたくないから、友ヶ山公園に着いてから話すよ。それまでは秘密だ」
 坂本はそう言って人差し指を立て口にあてた。
「わかった、楽しみにしとくよ」
 僕がそう言うと坂本は目尻を下げ口角を上げた。

 ③ 友ヶ山公園の噂

「山中、着いたぞ、昔とは全然違うだろ」
 坂本は目を見開いて僕に向かって言った。確かに大きく綺麗な公園に変わっていた。保育園の頃に僕達が遊んでいた場所は噴水のある広場に変わっていて、その両サイドから山に登っていく整備された広い道ができていた。そして後ろにそびえる山からフィールドアスレチックの遊具のようなものが顔を覗かせていた。
「すごいよ」 僕は思わず口にした。
「ヘヘヘ、そうだろ、びっくりしたか」
 坂本は自慢気に言うが、こいつが自慢することではないだろうと思った。
「で、何を調査するんだ」
「ガキみたいにあせるなよ、あそこに座ってから話すわ」
 坂本は噴水の周りに設置された白いベンチを指さして歩きだした。
「あせってるんじゃない、早く帰りたいんだよ」
 少し苛立ったが、坂本を追いベンチへ歩いた。先にベンチに座った坂本がベンチを手のひらでパンパン叩き僕にも座るように促した。「早く座れよ」
 坂本がそう言ったので
「ガキみたいにあせるなよ」
 僕は言い返してやったら、坂本は左頬だけで笑みを浮かべた。そして、これから調査する内容を話し始めた。
「この公園にはフィールドアスレチックがあるんだけど、そこに、こんな長ーい滑り台があるんだ。それを調査したいんだ」
 坂本は両手を目一杯広げて滑り台の長さを表現した。
「長いって何メートル位あるの」
 僕が質問したら、坂本は首を傾げた。
「そんなの知らないよ。長さなんてどうでもいいんだよ」
 その時、噴水が高く水を上げ、僕達に水しぶきをかけた。近くにいた白い犬が急に出た噴水に驚いて逃げていった。
「この噴水、すごい迫力だな」 僕が言うと
「噴水なんてどうでもいいんだ、滑り台だ」
「滑り台がどうしたんだよ」
 僕は苛ついて声を上げた。坂本は人差し指を立て口にあてた。
「声が大きい、これから話すことは誰にも言うなよ。実はここにある滑り台だけど、滑った人間が神隠しに遭うという噂なんだ。それが本当なのか調査したいんだ」
「神隠し……、そんな噂は嘘に決まってるよ」
 僕はベンチの背もたれに体を預けて天を見上げた。
 そんな噂の為に……、時間の無駄だと思った。しかし坂本は話しを続けた。僕が、あきれていることなどおかまいなしだ。
「ここの滑り台は、滑り始めて最初は左にカーブしながら緩やかに傾斜する。その後右にカーブした途端、傾斜が急になりスピードが出てトンネルを潜るんだ。トンネルを出たら緩やかな傾斜で左にカーブする。そのカーブが終わると真っ直ぐ急降下してゴールするんだが、みんなトンネルを潜った辺りで行方がわからなくなるらしいんだ」
「ただの噂だよ、それも小さな子供達だけの噂だ。調査するほどのことでもないよ」
 僕は立ち上がり帰ろうとした。
「じゃあ、1度だけでいいから山中が滑り台を滑ってきてくれよ。山中が無事にゴールまで滑ってきたら、ただの噂だと証明できる」
 坂本が立ち上がった僕の肘を掴み、そう言った。
「嫌だよ」
 僕は坂本の手を払った。
「何で、手伝ってくれるって言ったじゃないか」
「子供じゃないし、滑り台なんて滑れないよ」
「神隠しに遭うのが怖いんだろ」
「怖くないよ」
 本音は怖かったかもしれない。神隠しなんてあるわけないと思ってたが、やはり怖かった。万が一、噂が本当なら、僕はこの世界から消えてしまうわけだから滑る勇気はなかった。
「あの犬を滑らせてみようか」
 僕はとっさに、さっきの白い犬を指さした。
「飼い主に怒られるぞ」
「野良犬じゃないかな」
「野良犬でも神隠しに遭ったらかわいそうだろ」
「……」
 坂本は犬はかわいそうだと思っても、親友の僕が神隠しに遭っても平気なのだろうか。しかし、これが坂本なんだ。別に悪気は無いんだろう。
「大丈夫だよ、神隠しなんてあるわけないんだから、犬を滑らせよう」
「山中がそう言うなら犬でやってみてもいいけど、もし飼い主に見つかったら責任とってくれよな」
「わかった」
 僕はそう言ってため息をついた。完全な坂本のペースだ。
「それじゃあ始めるか。山中が犬を滑り台の乗り口に連れていってくれるか。俺は下で待ってるから」
 僕が犬を滑らせる役目なのか。さっきから坂本は楽な方に回ってばかりいる気がして少し腹が立った。
「坂本が犬を滑らせろよ」
 僕がやる必要はないと思って、言った。
「いや、犬を滑らすのは山中の提案だから、山中がやるべきだよ」
 なんて勝手な奴だ。この調査は坂本がやりたいと言い出したことなのに、そう思ったが、結局僕は引き受けた。坂本といると、いつも損な役が回ってくるような気がする。
 僕は犬に近づき、しゃがんで手を出してみた。犬はエサでも貰えると思ったのか、尻尾を振りながら僕の手の届く所まできたので、僕は犬の頭を撫でながら抱えた。人懐っこい犬で良かった。僕はそのまま滑り台の乗り口へ向かおうとした。
「山中、下で待ってるから、犬を滑らせたら、すぐに下に来てくれ」
 坂本が慌てて僕に近づいて声を掛け肩を叩いた。
「わかった」僕は短く返し、滑り台の乗り口へ向かった。おとなしくて可愛い犬だ。大丈夫だ、神隠しなんてあるわけないんだから。僕は自分に言い聞かせて、犬をぎゅっと抱き締めた。自分の身代わりにするような罪悪感を感じた。坂本にはこの気持ちはわからないだろう。
 滑り台の看板が見えた。坂の途中から左にそれて階段を上がると滑り台の乗り口だ。
 滑り台の乗り口について、僕は犬をもう一度抱き締めてから滑り台に置いた。手を離す前に犬の頭を何度か撫でた。犬は僕の手を舐めて応えた。坂本よりこの犬の方が利口に思えた。
「大丈夫だ、下に坂本というやつが待ってるからな。そこまで行くんだぞ。終わったら坂本に美味しい物でも食べさせてもらおうな」
 犬にそう話しかけた。犬から手を離すとゆっくりと滑り始めた。怖かったのだろう、犬が始めて吠えた。
「ワンワン、ワンワン」
 カーブして僕の視界から犬の姿は消えた。しばらく鳴き声は聞こえていたが、それも聞こえなくなった。
 僕は慌てて坂本のところへと向かった。下について坂本の姿をみつけたが、立ちつくして呆然としているように見えた。そして僕の姿を見つけるなり走ってきた。
「山中、い、犬は、さ、さっき滑らせたんだよな」
 坂本は目を見開いて声を震わせていた。
「間違いなく滑らせたよ。吠えながら滑っていったよ」
「し、白い犬だったよな」
 坂本の声の震えがひどくなった。
「そうだよ、無事に着いたのか、どうなんだ」
 僕はめずらしく大声で怒鳴った。坂本の様子から犬が無事でないと思った。さっき出会ったばかりの犬だが、僕は涙が出そうになった。
「不思議なことがおこったんだ」
「犬はどうしたんだよ」 僕は涙声になっていた。
「犬は滑って来なかったんだ」
「本当に神隠しなのかよ」 僕は頭をかかえてしゃがみこんだ。
「いや違う、子供が滑ってきたんだ。白い服を着た子供だ。多分、滑り台を滑っている途中で犬が子供に変わってしまったんだ」
 僕は立ち上がり坂本の顔を見た。坂本は目を見開いたまま興奮した様子で、僕の顔を見て何度も頷いていた。
「で、その子供は」 僕は周りを見渡しながら聞いた。
「走ってどこかに行ったよ」
「何で追いかけなかったんだよ」
 僕は両手で坂本の肩を揺らした。
「いいじゃないか、すごい事がわかったんだから。この滑り台は動物が滑ると人間になり、人間が滑ると動物になってしまうんだよ。これは神隠しより、すごい事だぞ」
「そんな事あるわけないだろ」
「でも白い犬を滑り台にのせたのは山中、お前だぞ。その犬がいなくなった、それは事実だ。そして犬でなく白い服を着た男の子が滑り台を滑ってきた、それは俺が見たから間違いない」
「でも、その男の子がいないじゃないか、その男の子が、あの白い犬だったか証明出来ないよ。それに……、えっ……」
 僕は話している途中で、最初に座っていた噴水のベンチから目が離せなくなった。
「山中、どうした」 坂本が言った。
「あれ、見ろよ」
 僕は噴水のベンチを指さした。坂本は振り返って僕が指さす方向に視線をやった。
「あっ、白い犬がいる」 坂本は小声で言った。
「あー、間違いない。さっき滑り台を滑った犬だよ」
 僕の声は上がった。 
 そして、ちょうどその時、白い服を着た男の子が滑り台を滑ってきた。
「おい、さっき見た男の子って、もしかしてあの子か」
 僕が坂本に言うと、坂本は頭を掻いた。
「そうだ、あの子だ。間違いないわ。ヘヘヘ」
「ヘヘヘじゃないよ。犬も男の子もいるじゃないか。犬が男の子に変わったわけでもないし、神隠しに遭ったわけでもないじゃないか」
「そうみたいだな。犬も男の子も無事で良かったな」
 坂本はまた頭を掻いて言った。
「確かに無事でよかったよ」 僕はあきれて、そう言った。
「でも犬は滑り台から降りてこなかったけど、どこに行ってたんだろうな」

 その後、坂本と二人で調査してわかった事は、滑り台は長ーい1本の滑り台ではなく、長い2本の滑り台だとわかった。僕が犬を滑らせた滑り台はトンネルを潜って出たところで終点になっていた。そしてそこが広場になっていて、2本目の滑り台の乗り口がその広場にあった。坂本が下で待っていた滑り台は、その広場からスタートしていたわけだ。僕が犬を滑らせた滑り台と坂本が下で待っていた滑り台は1本で繋がっていなかったわけだから、犬が坂本の所まで滑って来なかったのは当然のことだ。神隠しの噂はそんなところから生まれたのだろう。
「やっぱり、ただの噂じゃないか、坂本のせいで無駄な時間を過ごしたよ」
 僕がめずらしく坂本を責めた。
「ごめんな、でも噂に振り回されてジタバタするより、こうして調査した方が良いだろ。俺達はこれまでにも、きっと噂に振り回されて損してることがあるよ。真相を知らないまま損してることがある。それに調査してる間、山中も楽しそうにしてたぞ」
 確かに楽しかった。学校で腹が立っていたことを全て消してくれた気がした。やっぱり坂本は、変な奴だが親友だなと思った。そして、さっきの坂本の言葉がすごく大人に感じた。

 ④ 坂本との別れ

「ただいま」
「遅かったわね、寄り道してたの。そうかぁ、成績トップで浮かれて遊んでたんだぁ」
 母さんが玄関で迎えてくれた。遅くなったので心配してたのかもしれない。普段は玄関で迎えてくれることはない。
「母さん、教えてあげるよ、僕は成績トップでも浮かれてないから。それから注目度が上がるのは、あまり良いことじゃないよ」
「あ、そう」
 母さんは興味無さそうに言って、キッチンへと消えた。
「母さん、友ヶ山公園て覚えてる」
 僕はキッチンに向かって声を上げた。
「あなたが保育園の頃によく遊んでた公園でしょ」 
 キッチンから声が返ってきた。
「友ヶ山公園がすごく大きくて綺麗な公園になっているの知ってる」
「何言ってんの、あそこは5年位前にマンションが建ったでしょ」
「そんなことないよ、僕はさっき、行ってきたんだから」
「ふーん」キッチンから興味なさそうな声が返ってきた。
 母さんはいい加減だから、どこかと勘違いしてるんだと思った。
「バーベキューが出来る広場や大きなフィールドアスレチックができてるんだ」
「へえ、そうなんだ」また、興味無さそうな声が返ってきた。
「母さん、興味無さそうだね」 
 僕がそう言うと、母さんがキッチンから出てきた。
「ごめん、夕食の準備が遅れててね、はいコーヒー」
 母さんは、そう言って僕の前に座った。
「ありがとう」
「友ヶ山公園は無くなって、マンションが建ってるのは間違いないわ。そこのマンションにお母さんの知り合いが住んでるんだから」
「僕だって今日、坂本と一緒に友ヶ山公園に行って来たんだから間違いないよ」
「坂本って誰よ」
「母さんも知ってる保育園から一緒だった坂本だよ」
 母さんの眉間に皺が寄った。
「あなた、勉強の頑張り過ぎで、頭が変になって熱でもあるんじゃない」
 母さんがそう言って僕のおでこに手をあてた。
「何するんだよ」 僕は母さんの手を払った。
「今日一緒だった坂本って、保育園の時に遊んでいた坂本祐介君のことを言ってるわけ」
「そうだよ、あのいい加減で気まぐれな坂本祐介だよ」
「坂本君が、いい加減で気まぐれだったかは知らないけど、お母さんは、坂本君の事、好きだったな。ちょっとやんちゃだったけど優しい子だったし、あなたと仲良しコンビだったから。坂本君と別れる時は、あなたも辛かっただろうなって思ってた……」
 母さんの目に涙が浮かんでるようにみえた。
「あっーーーーぁ」
 やっぱり僕は母さんの言う通り勉強の頑張り過ぎで頭が変になっていたのかもしれない。そうだ坂本は……坂本は……僕は涙があふれてきた。
 坂本とは保育園の頃に、よく友ヶ山公園で遊んだ。小学校の頃も坂本に誘われて一緒に遊んだ。しかし坂本は遠くへ引っ越してしまった。
 坂本が引っ越す前日に挨拶に来た。まともに話せなかった。確か坂本から「じゃあな」と言われて、僕は「あぁ」としか返せなかった。もっと言いたいことはあったが泣きそうだったから何も言えなかった。すごく仲が良かったのに、最後はお互い他人行儀になってしまった。
 他人行儀になってしまった理由は別れの辛さだけではなかった。僕はある噂を聞いてしまっていたからだ。その噂は同じクラスの宮川から聞いた。坂本が僕のことを自分がいないと何もできない臆病者だと言っている。というものだった。その噂のせいで坂本から少し距離をおくようになってしまった。
 その後、坂本がどうしてるか気にはなったが連絡することも会いに行くこともなかった。僕はよく坂本と遊んだ頃のことを思い出す。嫌なことがあると坂本に会いたくなった。
 月日は流れ、風の噂で坂本が交通事故で亡くなったと聞いた。僕は悲しくてショックを受けた。怖くてその噂から逃げていた。
 今日会った坂本は何者だったんだろうか、僕に何かを伝えに来てくれたのだろうか。
 僕は坂本が亡くなったという噂が本当だったのか確かめなければならない。嘘であってほしい、今もどこかで元気にしていてほしいと思う。そしたらすぐに会いに行くのに。
 本当に亡くなっていたなら、お墓に手を合わせ「ここに来るのが遅くなってごめんな。これまでいっしょに遊んでくれてありがとう。そして今日会いに来てくれてありがとう」と言いたい。

 ⑤ 坂本の本当の気持ち

 俺は坂本祐介。親父の仕事の都合で引っ越した。生まれ育った田舎町を離れ、遠く離れた都会に住むことになった。転校してから勉強についていけるのか、友達が出来るのか不安だ。これまでは山中和也という親友?がいたので、遊びでも勉強でも何をしても毎日が楽しかった。
 親友の後に?マークをつけた理由はこの後を読めばわかると思うが、俺は山中を親友だと思っていることは先に言っておく。
 山中は頭が良くて心の優しい奴だ。俺は勉強が苦手だったので、わからない事があると教えてもらった。山中に勉強を教えてもらうと、苦手な勉強でも楽しかった。遊びに誘うのは俺ばかりだったが、いつも付き合ってくれた。山中といると本当に楽しかった。山中がいると怖いものなんて無い気がした。
 しかし、引っ越しが決まって落ち込んでいた時に、追い討ちをかけるような嫌な噂を聞いた。それは同じクラスの宮川が昼休みに教えてくれた。
「坂本はいつも山中と一緒にいるよな」
「まあな、保育園からずっと一緒で親友だからな」
「ふーん、でも変な噂を聞いたから、お前の耳にも入れておくわ」
「変な噂……」 俺は宮川を睨み付けて言った。
「そ、そんな怖い顔するなよ。実はな、山中はお前と一緒にいるのが苦痛だと言ってるらしいんだ。いつも振り回されて疲れるとも言ってるみたいだ」
「そんなことないよ、あいつも楽しそうだよ」
「山中は、お人好しで嫌だとは言えないんじゃないかな。坂本に誘われて断れないのかもしれないから、少しは山中の気持ちを考えてやった方が良いんじゃないか」
「……わかった」
 俺は山中のことを親友だと思っていたのでショックだった。これから山中の気持ちを考えた方が良いと言われても引っ越したら、それすら出来ない。
 引っ越すことを伝える時に、宮川から聞いたことが本当なのか、山中に確かめてみようと思ったが勇気がなかった。モヤモヤしたまま引っ越しの日は近付いていった。
 引っ越す前日、別れの挨拶をする為に山中に会った。俺は噂のことが頭から離れず「じゃあな」としか言えなかった。山中は小声で「あぁ」としか返してくれなかった。宮川から聞いたことは本当だったのかもしれない、山中は俺が引っ越すのを喜んでいるのかもしれないと思った。
 あの時、本当は「これまでありがとう。本当に楽しかった。離れても俺とお前は親友だ、また連絡するからな」と言いたかった。けど言えなかった。
 これからの中学生活は楽しくなるんだろうか。俺は山中がいない中学生活にあまり期待を持てなかった。
 宮川から聞いた噂のせいで、俺は臆病になり引っ越してからは友達をつくる勇気を持てなかった。

 ⑥ 坂本に会いに行く

勇気を出して坂本に会いに行くことにした。引っ越し先の住所のメモを握りしめて坂本の住む都会へと向かった。2時間以上電車にゆられて駅に到着した。地元の駅とはちがう広い改札をぬけて駅にある地図でメモの住所を確認した。駅から10分程度歩くとメモに書いてある住所の辺りだ。一軒ずつ坂本という表札を探しやっと見つけた。汗まみれになった顔をハンカチで拭い、もう一度表札を見た。深呼吸してから少し震える手でインターホンのボタンに手をやった。
ピーンポーンとチャイムが鳴ってから、少し間があった。ガチャと音がして、インターフォンから女性の声がした。
「はい」
坂本のお母さんの声だ。
「えっと、す、すいません、山中といいます」そういうと胸がはち切れそうになって、しばらく言葉がでなかった。ごくりと唾を飲んでから「祐介くんはいますか」と続けた。
「えっ、もしかして和也くん?」
「あっ、はい、そうです。山中和也です」
「ちょ、ちょっと待ってね」インターホンから慌てる様子が伝わってきた。
「ふぅ」とため息をつき、2階の部屋の窓に目をやったら人の気配がした。誰かいる、坂本かもしれない。
玄関のドアが開いて坂本のお母さんが顔を出した。
「和也くん、ひさしぶり元気そうじゃない」
「あっ、はい、おひさしぶりです」
「どうぞ、祐介喜ぶわ」
お母さんはそういった後、振り返り2階に向かって声を張り上げた。「ユウスケ~」
すると2階から階段をゆっくり下りてくる足音が聞こえてきた。
「でかい声で、なんだよ」面倒臭そうな声がした。
坂本の声だ。階段から下りてくる足元が見えお腹が見え、そして坂本の顔が見えた瞬間、僕は叫んだ。
「サカモト~」
坂本は階段を数段残したところで止まり、僕のほうを見た。一瞬、睨むような目をしたが、すぐに相好を崩した。
「山中~、やっと会いに来てくれたのかよ」
 そういって残りの数段の階段を飛び下りて僕に抱きついて笑った。笑っていたが涙が出ていた。僕も涙が出てきた。
「やっと会えたよ」僕は小さく震える声で、そういった。
「本当だ、やっと会えた」坂本の声も震えているようだったが、坂本は、その後すぐに僕の肩を両手でつかんで昔の口調にもどった。
「そうだ、ちょうどよかった。今宿題がわからなくて困ってたんだ。3年になって余計に勉強が難しくなって大変なんだ。山中、今から教えろよ」
「あ、あー、わかった。やっぱり坂本は僕がいないとダメたな」
「それはこっちのセリフだよ、俺がいないと山中は何もできなかったじゃないか」
「何もできないことないよ。こうして一人で坂本に会いに来たんだから」
「そうだな、会いに来てくれてありがとうな。やっぱり山中は親友だ」
 また、二人とも涙が出てきた。その横で坂本のお母さんがスリッパを出してくれた。
「さあ、中に入って。冷たいものでもいれるわ」
「はい、おじゃまします」
僕が家の中に入ると、「ワンワン、ワンワン」と犬の鳴き声がして、家の中から白い犬が出てきて僕の足元でなついた。
「この犬は?」
「俺の相棒だよ、山中の次の相棒だ」
「そっか、お前は坂本の相棒だったんだ。だから僕になついてるんだな」僕は犬を抱き締めた。