小説に興味を持ってから人生が楽しくなった

読書が苦手だった私が、五十歳を過ぎてから、急に読書が好きになった。そのおかげで人生が豊かになった気がする。これからもっと読書が好きになれるように、人生が楽しく豊かになるように

小説を読もう「真相 横山秀夫」の言葉表現

「真相 横山秀夫」の表現をまとめただけの資料です。

書き出し
 篠田佳男は灰の伸びた煙草をくわえ、自分のデスクで目を閉じていた。五秒でも十秒でもいい、ゆうべの夢の続きが見れないものか。半分は本気で考えていた。
 佳彦……。
 昨夜の再会は数瞬だった。照れ臭そうな表情は十五の時のままだが、真っ直ぐな瞳の奥に、多くの経験と確かな教養を蓄えた自信を覗かせていた。体はすっかり逞(たくま)しくなって、背丈は篠田を抜いていた。よう、と声を掛けると、よう、と応えた。もう一端(いつぱし)の男だ。そうだろう、あの事件から間もなく十年になるのだから。
 湯呑みが置かれる音で薄目を開いた。鹿沼愛子はもう背中を向けていた。そのパンツスーツの後ろ姿が離れるにつれて視界が広がり、重なり合う声が現実のものとなる。一つ息を吐き、篠田は椅子の背もたれから体を起こして煙草を揉み消した。

 電話を切った篠田は、すぐ前の田所陶子に、佐藤精肉店の伝票を起こすよう頼んだ。パソコンの手を止めた陶子の三白眼が尖っていた。弁当に箸もつけられないほどの忙しさだ。

《早急に頼みますよ》
 ーーー何様のつもりだ。
 篠田は切った電話を一睨みして、顧客リストを開いた。

「払えない? けど社長、源泉の分は別にしておくよう言っといたよね?」
《仕入れに回しちまったからな》
 同情と苛立ちが半々だった。
「どうするの? このままだとまずいよ」

《たった今、息子さんを殺害した犯人を逮捕しました》
 えっ……?
 篠田は受話器を握ったまま硬直した。
 思考も感情も動かなかった。
 耳だけが、敵の気配を探る獣のように機能していた。

 美香に連絡をーー不意に思った。
 篠田は再び受話器を握った。東京03……その先が出てこなかった。篠田は手の甲で何度も額を叩き、記憶の在処(ありか)を攻めたてた。

「篠田さん、ご無沙汰しました」
 顔に見覚えのあるギョロ目の記者が無遠慮に膝を詰めてきた。確か「県友タイムス」の今井とかいった。事件後三年、五年、といった節目の折に取材に訪れていた。

「どつちが大切なんだ、仲人と佳彦と!」
 美津江を怒鳴りつけても仕方なかった。篠田は部屋を飛び出し、音を立てて階段を下った。
 五回目のコールで美香が出た。
「俺だ」
《あっ、お父さん……》
 怒られるのを覚悟している声だった。
「なぜ来ない?」

「あなた」
「何だ?」
「長かったですね」
 美津江の言葉が胸に沁み入った。
 しばらく闇を見つめ、篠田は言葉を返した。
「ああ……本当に長かったなあ……。正直いうと、俺はもう半分諦めてたんだ」

「このあと、犯行状況になりますが」
 言って、稲森は篠田の目を覗き込んだ。
 続けて下さい。目で返した。

「君は美香が好きか」
 森がこちらに体を向けた。俯いている。長い睫毛(まつげ)が濡れている。
「はい……」
 消え入りそうな声だった。

真相 (双葉文庫)


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「十八番ホール 横山秀夫」

「お前、俺を落とすつもりなんだろう!」
「落とす……?」
 津川の目に一瞬憐れみの色が浮かんだ。袖を荒っぽく振って樫村の手を弾き、スタスタと出口に歩いていった。
 もつれる足で後を折った。
「この野郎、待て!」

「ちょっと裏で休んだら? 開票は夜なんだしさ」
 言葉とは裏腹に、レンズの奥の瞳には優しさも親しみもなかった。
 心にすっと冷たい風が吹き込んだ。

「不眠 横山秀夫」

 山室はベッドに横たわった。背中に伝わる固い感触が気持ちを沈ませる。

「まるっきり人体実験だね」
 山室が非難めいた口調で言うと、大学院生の口から含み笑いが漏れた。
「じゃあ、やめますか」
 山室は大学院生の顔を見つめた。
 悪戯っぽい光を宿した瞳が見つめ返してきた。

 夢と現(うつつ)の狭間で、山室はただ悲鳴を発し続けていた。

 山室は闇に溶け込むビルを見上げた。通算すれば営業所回りよりも本社勤務のほうが長かった。だから、このノッポビルにはことのほか愛着がある。

 八十人もの人間のクビを切るほど切羽詰まっていたかと言えば大いに疑問だった。社が、時代の空気を利用したのかもしれないと今にして思う。バブル崩壊。不況。リストラ。どうかすると、そうした単語が錦の御旗(みはた)にもなりかねない世相に便乗し、ここぞとばかり、営業のセクショナリズムが染みついた古株社員の「間引き」を断行したのではなかったか。

「大丈夫よ。どうにかなるから」。空疎ないたわりの言葉が山室を打ちのめした。

 法子が真に失望を覚えたのは、山室が会社をリストラされたことでなく、社会的な肩書きを失ってたちまちメッキの剥がれた、山室という男の本性に対してのものだったかもしれない。

 人は大勢いる。山室と同じ目的の男たちのくすんだ顔が並んでいる。
 当面は失業保険で食いつなぐよりほかに手がなさそうだった。

 早朝から職を求めて集まる髭面の一団に混じって建物の前の灰皿を囲んだ。

 落胆だけが帰りの土産だった。

花輪の海

 轟音が響き、蒸気がもうもうと立ち上っている。銀色の外装が眩しいこの巨大な製麺工場が、素朴な田園風景を台無しにしたと言われて久しい。

テルは、焦点のはっきりしない瞳を天井に向けていた。

その目が一回生に向いた。黒々としていて光のない瞳はサメを連想させる。

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