小説に興味を持ってから人生が楽しくなった

読書が苦手だった私が、五十歳を過ぎてから、急に読書が好きになった。そのおかげで人生が豊かになった気がする。これからもっと読書が好きになれるように、人生が楽しく豊かになるように

①『婚カツ屋』という名のちょっと変わった結婚相談所

20190419193141969.jpg



私の作ったオリジナル小説です

榊原早苗

 郵送で取り寄せた十社の結婚相談所の資料をフローリングの床に広げたまま、わたしは、腕組みをして、ため息をついた。疲れた目頭をおさえ凝り固まった肩をぐるりとまわした。せっかくとった有給をこのまま無駄に過ごしてしまいそうだ。
 資料を取り寄せる時は、これから新しい一歩を踏み出そう、過去と決別して素敵な結婚相手を探そう、と意気込んでいたのだが……、今は、その時の気持ちがどこかへぶっ飛んでしまったようだ。
 今の気持ちは、なげやりで、どんなに良い結婚相談所に登録したところで私と結婚を考えてお付き合いしてくれる男性なんていないだろうと思っている。それに、結婚を考えれば考えるほど元カレの高田聡の顔が、わたしの頭の中でドンドン膨らんでいく。それを頭から追い払うことにも疲れた。人間の脳は否定を認識しないものだと聞いたことがある。否定すればするほど大きくなる。忘れようとすればするほど思い出してしまうのだ。時間が解決してくれるだろうと思って過ごしたが、三年経った今もこんな状態だ。脳ミソが沸騰してぐちゃぐちゃになりそうだ。結婚相談所の資料の中で幸せそうに笑っているカップルの写真を見て羨ましく思い、そして幸せだった頃の自分を思い出し、また高田聡の顔が大きくなる。一日中、その繰り返しだ。
 そろそろ結論を出さないと、何も変わらない。髪の毛をグシャグシャとかき、頭を脱水機のようにブルブル、ブルブルと振り、頭を拳で叩き、高田聡を頭から追い出した。資料を取り寄せた時の気持ち、過去を忘れて一歩前へ進むんだ、という気持ちをもう一度必死で思い起こしながら、資料の中から無理矢理に決めて電話をした。
 電話をしたのは、ネットで相手を見つけて自由にアプローチが出来る低価格の『ネット婚』というところと価格は少し高めだけど専属のアドバイザーがついて親身にサポートするという『ハッピーマリッジ』の二つだ。どちらも三日後の土曜日に午前と午後にそれぞれアポイントがとれた。

 それから、もう一つ。
 自宅の駅のひとつ隣の駅にある小さな結婚相談所、ここも候補にも電話してみることにした。
『大手の結婚相談所には出来ない個人経営ならではのきめ細かなサービス。所長自ら親身になって、あなたに合ったお相手を探します。それが婚カツ屋の魅力です』
 他に比べると価格やサービスの詳しい情報はなく、資料も手作り丸出しで見劣りするけれど、それが逆に気に入った。自宅から近いのも魅力だった。
 自分の母親と同世代の女性が親身になって婚活を応援してくれるのではないだろうか。ふくよかで笑顔が素敵な、少しおせっかいな女性を勝手に想像した。一人一人丁寧に優しくアドバイスしてくれる。結婚相談所の規模は小さくても、アットホームな雰囲気で安心して婚活出来ると期待した。ここも今度の土曜日にアポイントがとれればと思い電話することにした。スマホを手にとり、資料にある電話番号を一つ一つ確認しながら番号を押した。電話番号がここだけ携帯の番号になっていた。直接所長につながるのだろう。

 ツルルルル、ツルルルル、ツルルルル、
 呼び出し音が鳴り続けるが、なかなか出ない。忙しいのかもしれないとあきらめて電話を切ろうとした。
 その時、「もしもし、婚カツ屋」受話器の向こうから声がした。年配の優しい女性の声を期待していたけれど、受話器から聞こえてきたのは、ドスのきいた低い男性の声だった。電話番号はゆっくり一つ一つ確認したし、婚カツ屋と名乗ったので間違えたわけではなさそうだ。
「もしもし、お忙しいところ申し訳ありません。わたし、榊原早苗と申します」わたしは、婚カツ屋の資料を片手に丁寧に頭を下げていた。
「なに?」
「えっ、いや、あの、婚カツ屋さん、ですよね」
「そうだけど、だから、なに?」
「えっ、えっと、だ、だからですね」
 電話の向こうの男性の態度に少しパニックになった。胸に手を当てて息をフッと吐いてから続けた。
「婚活の相談にのっていただきたく思い、お電話させていただきました。一度、御社のシステムについて詳しく聞かせていただきたいのですが」前もって準備していた言葉を一気に早口で話した。
 受話器の向こうから、「ウーン」という声が漏れた。ペラペラと紙をめくる音がした。
「いまから?」
「いえ、今からでも、後日でも結構です」
「あっ、そう。いまからは無理。忙しいから」
「それでは、後日、事務所にお伺いしてもよろしいですか」
「いいけど」
「あ、ありがとうございます。それでは、十七日の土曜日午後三時頃は、ご都合いかがでしょうか」
「うーん、まっ、いつ来てもらってもいいわ。そっちが来た時、こっちの都合が悪けりゃ、断るから」
「えっ、……」一瞬言葉を失ったけど「あっ、はい、わかりました。では、行くと決まったら、前もってお電話させていただきます」
「場所わかる?」
「は、はい、先程、調べておきました。寺田駅前の寺田商店街を抜けて光山ビルという建物の三階ですよね」
「そう、よく調べたねぇー。偉いなー」
「あっ、はい。それでは、お伺いする場合は、お電話させていただきます」
「わかった。待ってるわ」そう言って、すぐに電話が切れた。受話器の向こうからプー、プーという音だけがした。
 スマホを耳から離して後、わたしはスマホを睨みつけていた。「何よ、あの態度」スマホに向かって呟いた。さっきの電話の男が所長なんだろうか。ここはダメだ、やめておこう。この時はそう思っていた。

 三年前の今日、聡と別れていなければ、今ごろは聡と結婚して、子供を抱いていたかもしれないのに。あの日のことが今でも夢に出てくる。