小説に興味を持ってから人生が楽しくなった

読書が苦手だった私が、五十歳を過ぎてから、急に読書が好きになった。そのおかげで人生が豊かになった気がする。これからもっと読書が好きになれるように、人生が楽しく豊かになるように

⑤婚カツ屋という名のちょっと変わった結婚相談所

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榊原早苗

 カーテンのすき間から入ってくる陽光で目を覚ました。陽射しはすでに朝の優しさではなかった。昨日の夜はめずらしく、一人で赤ワインを飲んだ。やけ酒かといえば、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
 わたしは、昨日、知り合ったカップルの奇跡的な再会を他人であるわたしが、陰ながら祝福するためだったと自分に言い聞かせながら飲んでいた。
 簡単な朝昼兼用の食事を済ませ、わたしはスマホを手にした。昨日のデートの結果報告をするため屋敷さんに電話をいれた。

「そうか、ダメだったか」
「はい、すいません」屋敷さんの残念そうな声を聞いて申し訳ない気がした。
「あんたが悪いわけじゃない。中途半端な相手を紹介した俺が悪い。申し訳ない」
「いえ、島崎さんは素晴らしい男性でした。良い人を紹介してくれて感謝しています」
「まさか、そんな展開になるとはな」
「そうですね、でも、これで良かったんだと思います」

 わたしは婚カツ屋というちょっと変わった結婚相談所で婚活を始め、昨日、島崎康史さんという男性を紹介してもらった。島崎さんは優しくて真面目でわたしにはもったいない男性だった。わたしは島崎さんを一目見て、心が弾んだ。この人となら、わたしは幸せになれると思った。昨日、はじめて顔を合わせて、いきなりデートすることになった。
 しかし、そのデートの途中にハプニングが起こった。島崎さんにとっては奇跡だったかもしれない。島崎さんと二人で入った喫茶店の女性店員が島崎さんの別れた彼女だったのだから。彼女を見た瞬間の島崎さんの表情から、まだ彼女に未練があることがわかった。彼女は、わたしにきつい視線を向けた。きっと島崎さんに未練があるのだろう。わたしの出る幕はないなと思い、島崎さんを置いて、そのまま喫茶店を後にした。

「島崎さんは、きっとあの彼女とうまくいきます」
「そうか、じゃあ、あんたには、次の男を探すとするか」
「いえ、わたし……、もうこれで結婚は諦めようかなと思っています」
「諦める、なんでだ?」
「今のわたしは男性を好きになれる気がしないんです」
「まっ、確かにな。あんたは難しい。あんたの言う通り、結婚は諦めろ。それがいい」
「うっ」
 諦めると口にしたのは、わたしの方からだったけど、他人から諦めろと言われると、なぜか諦めきれなくなる。やっぱり結婚はしたい。
「やっぱり、……」
「やっぱり、何?」
「どうしたらいいんでしょうか」
「そんなこと、知るか。自分で決めろ」
 これで諦めることにしよう。せっかく紹介してもらっても、わたしがこんな気持ちだと、屋敷さんに迷惑をかけるだけだ。
「じゃあ、わたし……」
「難しく考えるな。気楽にいこう。俺にもう一回だけチャンスをくれるか。絶対に島崎以上のいい男を紹介するから」
「あっ、はい、で、でも……」
「ちょっと時間をくれ。あんたが満足する相手を見つけたら連絡する」
 屋敷さんはそう言って電話を切ってしまった。
「えっ、いや、でも、やっぱり……」とすでに切れていた電話に向かって話そうとしていた。
 屋敷さんからの連絡を待つしかなかった。

 高田聡と付き合ってた頃は、絶対この人と結婚すると思っていた。仲の良かった凉子が結婚して幸せそうな姿を見て、羨ましかった。高田聡からのプロポーズを心待ちにした。しかし、高田聡からのプロポーズを待たずにわたしの方から別れたいと言ってしまった。もう一度、やり直せないのかと思うこともあるけど……、その勇気はなかった。

 屋敷さんは相手が見つかったら連絡すると言っていたけど、すでに一ヶ月が経っていた。やっぱりわたしの相手を見つけるのは難しいんだろう。一ヶ月前に、きっぱりとお断りしておけばよかった。モヤモヤしたまま月日が過ぎていく。屋敷さんもわたしの相手が見つからないので困ってるのかもしれない。このままだと屋敷さんに申し訳ない気がした。お世話になったお礼くらい言っておかないといけないし、きっぱりとお断りしようと、スマホを手にした。いつものように呼び出し音がしばらく鳴った。
「はい、なに?」
「お忙しいところすいません、榊原です」
「わかってるよ。だから、なに?」あいかわらずだ。
「いや、あの、えーと」
「俺、忙しいんだけど」
「あ、すいません。じゃあ切ります」
「言いたいことあるなら、早く言え」
「あっ、はい、あ、あのですね……」
「なんで、早く男を紹介してくれないのって言いたいのか」
「あっ、いや、そ、そんな、違います」
「じゃあ、なに?」
「これまで、お世話になったのにお礼も言えてなかったし……」
「お礼? なんでお礼なんだ。まだ、あんたに気に入った男を紹介出来てないのに礼なんていらない。成功報酬だって言っただろ」
「いえ、お金とかじゃなくて、感謝の気持ちを伝えたくて……」
「そんな感謝の気持ちの礼なんていらない。俺は札がほしいんだ。それも一万円札百枚だ」
「まだ、わたしに紹介してくれるつもりで探してくれてるんですか」
「あー、そうだ。約束しただろ」
「連絡が無くなったので、てっきり無理なのかなと思ってました」
「礼が言いたいなんて言ってるけど、本当は俺がサボってんじゃないかと思って電話してきたんだろ」
「い、いえ、そ、そんな、違います。ちょっと、どうなってるのかなとは、思いましてけど」図星なところもあって、声がだんだん小さくなった。
「紹介はするつもりだ。けど、わかるだろ。あんたは難しいんだから」屋敷さんはあきらたように言った。
「す、すいません。難しいですよね」
「そうだ、難しい」
「そうですよね、すいません」
「まぁ、しかたない」
「やっぱり、わたし、結婚は諦めた方がいいかもしれませんよね」
「そうだな、このままならダメだろうな」
「やっぱりダメですか」
「ふん」屋敷さんが鼻をならした。
「わたし、何がダメなんでしょうか?」
「あんた、わかんないの? バカじゃねえか」
「バ、バカって……」反論したかったけど、返す言葉は見つからなかった。しばらく黙ってしまった。
「……」
「すいませんでした」電話したことを詫びて、電話を切ろうとした。
「一人、紹介したい男がいる」急に屋敷さんの声が大きくなった。
「えっ、あっ、はい」わたしの声も大きくなった。
「あんたに合う男を必死で探した。もう少し待ってくれ。うまくいけば来週にはその男を紹介出来る。決まったら連絡する」そう言ってすぐに電話が切れた。
 期待していいんだろうか、けど、わたし、大丈夫なのかな? 男の人を好きになれるのかな。

 それから、またモヤモヤと一週間が過ぎた。そして、屋敷さんから電話がかかってきた。
「もしもし、榊原です」
「あんたに紹介したい男に連絡がとれた」
「えっ、ほ、本当ですか、ありがとうございます」
「それでだな」
「は、はい」
「相手の男はすぐに、あんたと結婚を前提に付き合いたいそうだ」
「えっ、わたしと会ってもいないのにですか」
「とりあえず、今から事務所に来い」
「えっ、い、今からですか」
「そうだ、すぐにだ」
「わ、わかりました。三十分くらいで行けると思います」
「それから」
「はい」
「これが最後のチャンスだからな」屋敷さんはそう言って電話を切った。

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