小説に興味を持ってから人生が楽しくなった

読書が苦手だった私が、五十歳を過ぎてから、急に読書が好きになった。そのおかげで人生が豊かになった気がする。これからもっと読書が好きになれるように、人生が楽しく豊かになるように

⑧婚カツ屋という名のちょっと変わった結婚相談所

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「これが最後のチャンスだからな」
 屋敷さんは、そう言って電話を切った。いつも、自分の言いたいことだけ言うと、こっちの話を訊こうとせず、すぐに電話を切ってしまう。こっちも訊きたいことがあるのにと不満に思う。紹介したい男性が見つかったというけれど、どんな男性なのか、年齢や職業くらい教えてくれてもいいと思うし、今からすぐに行かないといけない理由も説明してほしい。もしかして、相手の男性が、すでに婚カツ屋にいるのかもしれない。それなら心の準備も必要だ。
 慌てて準備をはじめたが、化粧は時間をかけて念入りにした。服装を決めるのにも、たっぷり時間をかけた。相手の男性が婚カツ屋にいるかもしれない。そして、これで最後だ。出る前に鏡の前に立ち、口角をキュッと上げた。

「失礼します」久しぶりに、婚カツ屋の事務所を訪れた。
「おー、まぁ、座れや」屋敷さんはソファにあぐらをかいて座っていた。
「あっ、はい」事務所を見渡したが、男性の姿はなかった。
「あんたに紹介出来る男はこいつだ。そして、こいつで最後だ」
 写真をわたしの前に勢いよくすべらせた。これで最後だと自分に言い聞かせて、フゥ―と息を吐き屋敷さんの顔を見た。おだやかな表情でうっすらと笑みを浮かべていた。屋敷さんから視線を外し、ゆっくりと目の前にある写真に視線を落とした。写真に写っている男性を見た。見覚えのある顔だった。わたしは口に両手をあて目を見開いた。
「えっ、えっ、こ、この人……」
「ビックリしたか」屋敷さんはソファに体を預けて笑みを浮かべたままだ。
「……」わたしは屋敷さんの目を見て頷いた。本当にビックリして言葉が出ない。
「ハハハ、なんて顔してんだ」
「こ、この男性は……」
「そう、高田聡だ」
「やっぱり、そうですよね」少し痩せていたが聡に間違いなかった。
「あんたには、こいつしかいないと思って探した」
「えっ、わざわざ探してくれたんですか」
「そうだ。あんたの相手を出来るのは、こいつしかいないわ」
「そ、そうですか。結局、元カレですか」
「そう、あんたは、まだ高田聡を忘れていない」
「そうだったかもしれません」
「どうなるかわからなかったが、あんたは高田聡に会ってケリをつける必要があったんだ」
「そうですね」
「高田聡は、今も独身だ。結婚出来るのなら、あんたとしたいそうだ」
「そ、そんな」こぼれそうになった涙を人差し指でおさえた。
「あんたらは、そういう縁だったのかもしれんな」
「縁ですか」
「そういうこと」
「は、はぁ」
「後はあんた次第だ。どうする?」
「うーん、わたしは……」俯いて考えた。聡とやり直した方がいいんだろうか。
「何だよ、嫌なら断るぞ」テーブルに置いてある聡の写真をつまみ上げた。
「い、いえ、わたし……」写真を取り返そうと屋敷さんの腕を押さえた。
「どうすんの? 早く決めてくれ」
「わたし、この人が……、聡が……、今でも好きなんです」
「そうみたいだな。そんな顔してる」
「そんな顔……、ですか」
「そうだ」
「でも、彼にわがまま言って別れたから……」
「あんたはバカだからな」
「もう一度、彼とやり直したいけど、大丈夫でしょうか」
「何が、大丈夫でしょうか、だ」
「いえ、幸せになれるでしょうか」
「そんなこと知るか。そこがバカだって言ってるんだ。幸せになれるでしょうか、じゃない。幸せになると自分で決めろ。そして、苦労してもこの男を幸せにすると誓え。それが出来ないなら、あんたは一生無理だ」
「……」涙がポタポタと落ちた。
「わかった?」
「わ、わかりました。誓います。わたしは聡さんと幸せになります。そして聡さんを幸せにします」
「よーし、わかった、それじゃあ、この男で決まりだな」屋敷さんが両膝をパーンと叩いた。
「はい、彼とやり直してみます」涙を拭いて笑みを浮かべた。
「はぁー」屋敷さんは両手を高く上げ伸びをした。
「すいませんでした。そして、ありがとうございました。なんとお礼を言っていいかわかりません」
「礼なんていいよ。仕事だからな。まぁ、これで、やっと成功報酬の百万円がもらえるわ」
「えっー、百万円ですか?」
「そう、成功報酬の百万円。最初に約束したよね」
「でも、聡はわたしの元カレですよ」
「何言ってんの。元カレとはいえ、今回は俺が紹介したんだ」
「えーっ、それなら、あの時別れなかったらよかったぁー」
「だから、あんたはバカだって言っただろ」
「ほんと、バカみたい。時間かけて、お金使って、元カレとやり直すなら、最初からそのままで良かったのに」
「終わったことはしかたない、神様がタイミングを合わせてくれたんだよ。今が一番いいタイミングだ」
 屋敷さんがガラにもないことを言って、冷蔵庫から缶ビールを出してきた。コップに半分注いで、わたしに差し出した。
「これからのあんたら二人の幸せに乾杯だ」屋敷さんがまたガラにもないことを言った。
 二人でコップと缶を合わせコツンと鳴らした。屋敷さんは一気に飲み干した。わたしは一口だけ飲んで、もう一度聡の写真をじっくりと見た。少し痩せたみたいだれど、笑っている顔は、あの頃と変わらないなと思い、あたしも笑顔になった。
 屋敷さんの言う通り、今が一番いいタイミングだったんだと自分に言い聞かせた。
「今から下のラーメン屋でお祝いするぞ」屋敷さんは事務所から出ていった。
「えっ、ラーメン屋ですか」わたしは屋敷さんを追いかけた。
「そう、なかなか美味いラーメンだ。ごちそうするぞ。早く来い」
「あっ、はい、事務所の鍵はかけなくていいんですか」
「大丈夫だ、盗られるものなんて何もない」屋敷さんは階段を降りていった。
「この聡の写真、もらっていいですよね」写真をポケットに入れて屋敷さんを追いかけた。

 こうして、わたしと高田聡の長くて高くついた冷却期間は終わりを告げようとしていた。
 
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